お彼岸の牡丹餅をしつこく作り続けます、宣言^^


お彼岸の中日になると、なぜだかソワソワしてしまう。
家族それぞれに忙しい日々に、年に2度のお彼岸を集うことも少なくなったけれど、それでも昔の習慣というのは身についてしまっているというわけで。「お彼岸、お彼岸」と落ち着かないわたしを見て、家人は「昭和のひとだねー」と笑う。

それでもやっぱり作ろうと、台所に立つ。つきっきりで餡を練るのは、少々手間のことなれど、こうしてだんだんと餡がツヤをおびてくる様、これ大好き。毎回のことをいつも新鮮な気分で盛り上がる。

ぼたもちはちょっぴり作ってもツマラナイ。みんなで賑やかにいただいてこそ^^
ちょうど、たべラボYOGAレッスンの日。これはお茶タイムにうってつけ。大皿にしずしずと供せば、わぁと歓声が揚がる。
「あぁ、これこれ!これが家のぼたもちですよねー」「母がよくつくってくれました」「家族と住んでいた頃はよく食べたけれど、独立してからはつくらなくなっちゃった」「甘さ控えめで、たくさん食べられるのが、手づくりならでは」「わたしは3つくらいペロリといっちゃいます^^」etc...


ぼたもち(おはぎ)って、みんなのココロに、思い出や、それにまつわる物語がある。そんな特別な食べものなのだなぁ。



それから、もうひとつ話題になったのは「うちの子、あんまりぼたもちに興味ないみたい」「わたしの子どもの頃はすっごく好きだった」「家でつくらなくなったからじゃない?」「おはぎ、地味だものねー(笑)」
どこでも、思い立ったらすぐにでも、生クリームやチョコレートで華やかに飾られたお菓子が手に入る今は、ぼたもちなんて、お菓子なのかゴハンなのか紛らわしくて、黒いしー、こんな地味な食べ物のことは、ちょっとよくわからないや...というのが、子ども達の感覚なのでしょう。
でも今日集まったみんなの話を聞くと、おばあちゃんの割烹着姿、お墓参りや親戚が集まるイベントとか、もち米を丸めるのをお手伝いしたなど、いろいろな経験とセットになって「おいしいもの」としてインプットされていることがわかる。物語や経験を含めた味が、そこにはあるのだということも。こうした家族や民族の食文化って、世界の美食を大量消費することの対極にあり、あまりにも儚いものなのね。

お彼岸に、家族や親戚が集まることはあんまりなくなってしまったけれど、ニッポンの食文化が廃れていくことを嘆くのではなく、こうして新しい形のコミュニティーで、再発見されて、そしてつながっていくこと。食文化を守るアクションをそれぞれが起こせば、なんとかなる。と思う。
というわけなので、わたしこれからも、しつこく牡丹餅をつくりつづけますわよ。

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